
お母さんは町にひとつしかない病院で働くお医者さんです。いつもいそがしくて、リルデといっしょにいられることがあまりありません。
今日は、ひさしぶりのお休みで、いっしょにピクニックにいけるはずでした。けれどもじゅんびをしていたとき、電話がかかってきて、お母さんは病院にいかなければいけなくなりました。
お母さんがでかけたあと、リルデは、じぶんのへやで、ベッドに顔を押しつけて泣きました。
「ひどいよ、お母さん。わたしとのやくそく、やぶってばかりで」
コン、コン。
そのとき、とつぜんなにかの音がしました。
そちらをみると、ちいさな青い鳥がオレンジ色のくちばしで、リルデのへやのまどをたたいています。
リルデは泣いていたこともわすれて、まどにいそいで近寄りました。
コン、コン、コン。
リルデが顔を近づけても、青い鳥はにげません。
「あけてほしいのね?」
リルデはそう言うとカギをはずし、ゆっくりまどをあけました。
「ありがとう」
リルデはビックリして、へやのなかに入ってきた青い鳥をみます。
「あなたがありがとうって言ったの?」
すると、青い鳥はちょこん、とふしぎそうに首をかたむけました。
「へやに入れてもらって、ありがとうって言うのはおかしいかい?」
「それは、おかしくないけど」
「そんなことよりさ」
青い鳥は、そんなリルデにはかまわず、うれしそうに言いました。
「ぼくとあそびにいかない?」
リルデは目をぱちぱちとさせ、聞きかえします。
「どこへ?」
「空のうえさ」
それを聞いて、リルデはくちをとがらせました。
「そんなの、できっこないわ。わたし、空なんてとべないもん」
「なんでやるまえから、できっこないってわかるんだい?」
そう言われると、自信がなくなってきます。もちろん、まだやったことはありません。
「じゃあ、どうすればいいの?」
「こうするのさ」
青い鳥は、さっとうしろを向くと、ながいしっぽをふりふりとふりながら、羽をバタバタさせます。リルデも、まねをしてみました。
すると、目のまえがうずまきのようにぐるぐるとまわりはじめ、へやがどんどんどんどんひろがって、てんじょうがたかく、たかくのびていきました。
「ほら、できたじゃないか!」
青い鳥のたのしげな声に、リルデは目をぱちぱちさせます。
気がつけば、リルデもちいさな青い鳥になっていました。
「すごい! わたし、空を飛んでるのね!」
羽をうごかすと、体がまえへびゅんとすすみ、景色はどんどんうしろへとすすみます。空からみる町は、とてもちいさく、まるで、おとぎばなしの妖精の町のようです。
しばらく飛んでいくと、赤い屋根の家がみえてきました。
「あ! セナちゃんの家だ!」
「セナちゃんって?」
青い鳥に聞かれて、リルデは答えます。
「セナちゃんはかわいくて、とってもやさしくて、べんきょうも、うんどうもできて、カンペキな子なの」
「ほんとうに?」
「あたりまえよ! ほんとうよ」
「じゃあ、いってみよう」
青い鳥はそう言って、赤い屋根の家のベランダにおりていきました。リルデもいっしょについていきます。
セナちゃんは、洗たくをしているお母さんのうしろをついてまわっていました。お母さんのエプロンを片手でひっぱって、なにかをおねだりしています。お母さんがなにかを言うと、セナちゃんはあっというまに泣きだして、いやいやと首をふりました。
それをみたリルデは、ビックリしてしまいました。リルデの知っているセナちゃんとは、あまりにもちがったからです。
「セナちゃんって、あまえんぼさんなんだ」
そう思ったら、リルデのあたまのなかにいた、カンペキなセナちゃんは、ぱっときえてなくなってしまいました。
なんだか、いままでよりも、セナちゃんとなかよくなれそうです。
「あ、あれはゴーテの家だわ」
またすこし飛んでいくと、緑の屋根の家がみえてきました。
「ゴーテって?」
青い鳥がまた聞くので、リルデはまたせつめいをしました。
「すっごくイヤなヤツなの! すぐいじわるするし、ヘンなこというし」
「ほんとうに?」
「ほんとうにほんとうよ! すっごいイヤなヤツよ!」
「じゃあ、いってみよう」
青い鳥はそう言って、緑の屋根の家の塀のうえにとまりました。リルデもそのとなりにとまります。
ゴーテは、へやのすみっこで、ひざをかかえてすわり、泣いていました。
それをみたリルデは、ビックリしてしまいました。リルデの知っているゴーテとは、まったくちがっていたからです。家のなかにいるのはゴーテだけで、たべられていないごはんがテーブルのうえにおいてあります。
「ゴーテ、ひとりぼっちでさみしいんだ」
そう思ったら、リルデのあたまのなかにいた、イヤなヤツのゴーテは、ちりぢりになってきえてしまいました。
なんだか、こんどあったときは、ちょっとやさしくできそうです。
「あそこは?」
こんどは、白くて四角いたてものです。青い鳥がリルデに聞きました。
「お母さんの、病院」
「いってみよう」
青い鳥とリルデは、病院の庭の木のえだにとまり、まどからなかをのぞきました。そこには、白衣をきたお母さんがいます。
リルデは知りませんでした。
お母さんがあんなにいそがしくはたらいて、たくさんのひとたちを笑顔にしていることを。
リルデが会ったことがあるひとも、知らないひとも、みんなお母さんにお礼を言って、家にかえっていくことを。
でも、お母さんも知らないのです。リルデのほんとうのきもちを。
そう思ったら、光がはじけて、目のまえがまっしろになりました。
「リルデ?」
目をあけると、そこにはお母さんの顔がありました。
「今日はごめんね。ケーキをかってきたの」
「でも、患者さん、いっぱいいたよ」
リルデがそう言うと、お母さんはふしぎそうにリルデをみてから、わらいました。
「そんなこと気にしなくていいのよ。仕事かわってもらえたから」
リルデは気づきました。泣き疲れたリルデは、ずっとへやでねむっていたのです。
でも、空を飛ぶふしぎな感じは、リルデのなかにしっかりのこっていました。
リルデはキッチンにいこうとするお母さんを追いかけ、うしろから抱きつきました。そして、思いきって言いました。
「お母さん、わたし、ピクニックにいけなくてもいい。ケーキもいらない。だから、もっとお母さんといっしょにいたい!」
自分の気持ちを伝えると、なぜだかむねのおくがぎゅっとなって、なみだがこぼれてきます。
お母さんはおどろいたような顔で、ふりかえりました。そして、リルデをぎゅっと抱きしめると、いっしょになって泣きました。
「いい天気だね」
リルデは、病院の中庭のベンチにお母さんとすわり、空を見上げます。
あれからリルデは、お母さんの病院によく来るようになりました。リルデも患者さんと話をしたり、かざってある花に水をあげたり、手伝いをすることができましたし、休み時間には、お母さんとしゃべったり、ごはんをいっしょにたべることもあります。
「あっ」
「どうしたの?」
リルデのあげた声を聞いて、お母さんがふしぎそうにリルデをみました。
小さな青い鳥が、きれいな羽をパタパタとうごかしながら、空をすべるように飛んでいきます。
「ううん、なんでもない」
そのオレンジ色のくちばしが、なにかを言ったような気がして、リルデは思わず、笑顔になるのでした。