GKA

「伊村祥太郎君、18歳……と」
 担当者だという初老の紳士は差し出された履歴書を確認し、丸眼鏡越しに青年を見た。
「物体の転移が得意だとか」
「はいっ、それはもう得意です! 引越しのバイトをした際、上司に『君の転移は一味違うねぇ』とまで言われましたし!」
 はきはきと答える彼の額には、沢山の汗が浮かんでいる。
「ふむ」
 紳士が再び履歴書に目を落として黙り込んだので、青年――祥太郎は何気なく周囲を見た。
 古い洋館のように瀟洒な建物のエントランス。その中をオレンジに光るシャンデリアと花模様のテーブルランプが照らし、しっとりとしたピアノ曲が流れている。アーチ窓からは、よく手入れされた庭が見えた。
 艶のある木のテーブルの上には香り立つコーヒー。カフェでなければホテルのロビーといった雰囲気だ。

『物体転移が得意な人材急募。寮完備』

 今朝ネットで見かけた広告。多くの人間にとって健康食品のPRにしか見えないそれは、一部の目には求人広告として映る。
 口が悪い者たちからは、『バカには見えない広告』などと呼ばれたりもするが、政府から発行される『ミュート』と呼ばれる腕輪により制限を受けてもなお、一定以上の感知能力を持つ能力者を対象としたものだった。
 募集要項にも建物の入り口にも『GKA』と書いてあっただけで、何をしている会社なのか、彼もよく把握してはいない。とにかく自らの能力を発揮できるチャンスと思い、急いでここまでやって来た。
「では早速、能力のテストをしたいのだけれど、良いかな?」
「あ、はい、もちろんです!」
 慌てて顔の位置を戻し、改めて背筋を伸ばして答える。
 紳士へと渡した履歴書の『異種技能』の欄には、『物体転移』の文字。せっかく持って生まれた力なのに、今まで活用できる場はほとんどなかった。『ミュート』で制限されれば、筋力に優れる一般人と出来ることはさほど変わらなくなるから、今の自分の力がどの程度のものなのか、祥太郎自身、正確に把握してはいない。
「あら、面接ですの? マスター」
 二人が席を立ち、移動しようかとしたその時、現れたのはゴージャスなショートラインのドレスに身を包んだ人影。
 軽く靴音を立てながら近づいてくる動きはそれなりに優雅で、その顔も亜麻色の髪も美しく整ってはいるが、いかんせんその少女然とした風貌と、手にした和風の扇が浮いてしまっている。
「ああマリー君、ちょうど良かった。手伝ってくれるね?」
 笑顔で言う紳士に、マリーと呼ばれた少女はぷいと横を向く。
「嫌ですわ、わたし」
「それは困ったね。ここでは君が一番結界を張るのが上手だから」
「面接に結界なんて必要ないでしょう?」
「でも、万が一ということがあるからね」
「わたし、ここのところお仕事続きで疲れてしまいました」
 祥太郎は驚く。幼く見えるが、ここで働いている能力者らしい。
 紳士は腕を組み、心底困ったように呻った。
「お給料、ずいぶんと前借りしているよね。全額、今すぐに――」
「ももももちろんやりますわ!」
 すると皆まで言わせず、マリーは顔を真っ赤にしながら大きな声を上げる。
「助かるよ」
 紳士は微笑み、祥太郎のほうへと向き直ると、紹介を始めた。
「ここで働いてもらっているマリー・フォンドラドルード君だよ。マリー君、こちらは、伊村祥太郎君」
「宜しくお願いします。えっと……フォンドラドラさん」
「マリーで結構」
 笑顔で挨拶をする祥太郎に、少女は仏頂面で言い放つ。
「マリーちゃん、それ、ジョルジュ・ディーのドレスじゃない? 新調したの?」
 そこへ、今度はおっとりとした声が割って入ってきた。
 こちらは祥太郎より少し年上だろうか。マリーの後だと恐ろしく地味に見える、全身無地でアースカラーの服だ。ゆったりとしたワンピースと、ゆるくウェーブのかかった髪が、より印象を柔らかく見せている。
「ええ、素敵でしょう?」
 そんな彼女に向かい、マリーは得意げにドレスを見せる。
 その世界的に活躍するデザイナーの名は、ファッションに疎い祥太郎でも耳にしたことがあった。
「そうやって無駄遣いばかりするから、お金がなくなるんじゃない?」
「ムダ……!?」
「あら、こんにちは。新人さん?」
 微笑みから繰り出される辛辣な言葉に固まるマリーには構わず、女は祥太郎へと顔を向けた。
「ええ――いや、これから面接で」
「そう。私は赤根遠子って言うの。宜しくね」
「トーコこそ、少しは働いたらいかが? あなたがお仕事してる姿、わたしほとんど見たことないんだけれど」
 気を取り直したマリーが口を尖らせながら言う。しかし、遠子の表情は全く変化を見せない。
「みんなにお茶出したり、お掃除手伝ったりしてるじゃない」
「そんな誰でも出来る仕事じゃなくて!」
「薬草のスープを作ったりとか」
「あんなマズイもの、飲めたもんじゃないわよ!」
「じゃあ私、理沙ちゃん呼びに言ってくるわね」
「もう、トーコ、またそうやって逃げる!」
 マリーの大声を背に、遠子はそそくさとどこかへ行ってしまう。
「まあいいじゃないか。とにかく移動しよう」
「マスターって、やけにトーコに甘くありません?」
「そんなことはないと思うがね」
 三人は、ゆるく曲線を描きながら二階へと続く大きな階段の前を通り抜け、建物の奥へと向かった。そこから二手に分かれる通路を右へ。
「あの、マスターっていうのは……」
「ああ、ここの皆は私のことをそう呼んでいるんだよ。ニックネームみたいなものだね」
「へぇ」
 そんなことを話しながら、しばらく歩いた先に見えてきたドアの中へと入る。
「えっ……?」
 祥太郎は思わず、小さく声を上げてしまった。
 そこが予想していた以上に広い空間だったからだ。ドーム球場くらいはあるだろうか。
 建物の規模から考えて、こんな大きさのスペースが確保できるとは考えられない。明らかに異空間建築と呼ばれるものだった。災害時の避難場所などとして活用されることがよくあるが、政府の許可を得ることが必要なため、普通の建物の中にあることはまずないと言っていい。
 違法でなければよいのだがと願いつつ、彼は促されるままにその先へと進む。
「ではマリー君、頼む」
「かしこまりまして」
 彼女は言って片手で扇を開き、軽く振る。
 すると、そこから起きた光の波が床へとぶつかり、そのまま部屋の中へと広がっていく。
 数分と経たないうちに部屋全体が淡い光に包まれ、それから何事もなかったかのように元の景色へと戻った。
「これで問題ありません。何があってもビクともしませんわ」
「ありがとう」
 先ほどの話から察するに、この部屋に結界を張ったということなのだろうが、こんなに広い場所に簡単に施せるというのは、見た目とは裏腹に、相当腕のある術者なのだろう。
「では、君のも外しておこう」
「あ、はい。――えっ?」
 そんなことを考えているうちに、左腕を掴まれる。顔を向ければ、祥太郎の体からあっさりと外される『ミュート』。
 ちらと確認すると、マリーの腕にも見当たらない。
 あれだけの力を使ってみせるのだから、当然といえば当然ではあるのだが、普段外して生活することはなかったので、妙に新鮮だった。
「マリーちゃん、中に入れてー」
 その時、開いたままのドアからかかる声。遠子だった。マリーは溜め息をつくと、扇を先ほどとは違う動きで振る。
「もう少し早く連れてきてくださればいいのに」
 すると扉から入ってきた遠子が、相変わらずおっとりとした口調で言い返した。
「マリーちゃんも待っててくれれば良かったのに」
「わたしは早くお仕事を済ませたい一心だったの」
「ごめんマリーちゃん、あたしが準備に時間かかっちゃったから」
 遠子の後ろにいた、彼女より頭一つほど背が高い少女が、申し訳なさそうに頭をかく。
 白いシャツにジーンズというシンプルなスタイル、そこから覗く小麦色の肌と短めの髪は、アスリートのような爽やかさがあった。
「はじめまして! 榎波理沙です。ええと」
「どうも、伊村祥太郎です」
「伊村さん。宜しくお願いします。あたしのことは理紗って呼んでください」
「じゃあ、俺のことも祥太郎で。こっちこそ宜しく」
「早く始めましょうよ」
 ここまで会ったメンバーの中で一番普通そうに見える彼女に、少しほっとしたものを感じていた彼の横から、マリーの溜め息交じりの声が届く。
「そうだね。では位置について」
 マスターの指示により、祥太郎と理沙は距離を置いて立った。ちょうど、ピッチャーとバッターのような位置関係だ。
「理紗君が色々な物を投げるから、祥太郎君はそれをあの――光る球の下に移転させて欲しい」
 広い部屋の隅のほうに、淡く光を発しながら浮いている球が見える。祥太郎は頷き、ソフトボールを片手に立っている理沙を見据えた。制限を外され、かつてないほどの力が体中にみなぎる感覚に、興奮を抑えきれない。
「じゃあ、いきますね!」
 理沙はそう言って、ボールを投げた。野球の経験者かと思えるほど綺麗なフォームだ。球はうなりを上げ、あっという間に目前へと迫る。
 このくらいなら造作はない。軽く睨むだけで、次の瞬間にはボールが目標の場所へと現れて落ちる。ボールは幾度か跳ねてから、動きを止めた。
「おお、すごい。……じゃあ、次」
 続いて理沙が手にしたのは花瓶。やや大きめのそれは、ずっしりと重そうだった。だが彼女はボールの時と同じく綺麗なフォームで、こちらに向かってそれを投げる。
(飛べ)
 今度は軽く意識を集中させた。花瓶は難なく光球の下へと移動する。着地にも気を配ったので、大きな音を立てることもなかった。
「コントロールもいい感じ。それじゃ次は……」
 理沙は少し迷った後、背後にあった自転車を手にした。その様子を見ていても、全く重さを感じさせない。それが彼女の能力なのだろう。
 ――となると、背後に置かれている自動車や飛行機、戦車らしきものなども投げるつもりなのだろうか。
「祥太郎君」
「はい? ――え、ちょっと!?」
 突然名前を呼ばれて振り返ると、マスターがかざした手のひらから発生した光の玉が、こちらへと飛んでくるところだった。
 慌てて意識を集中すれば、それは別の空中へと現れ、壁に当たって爆発を起こす。
「いきなり何するんですか!?」
「ちょっとね、霊的なものでも移動できるかどうかを試したくて」
「それなら言ってくださいよ! あれ当たって死んだらどうするんですか!?」
「まさか、死んだりはしないよ。少々焦げるだけで」
「嫌ですよ、そんなの!」
「祥太郎さん!」
 そこに鋭くかかる理沙の声。慌てて振り向けば、宙を舞いながら向かってくる自動車と戦車。
「のわっ!」
 祥太郎は驚きの声を上げながらも、二つを確実にその場から消した。これが試験だということも忘れてはいない。きちんと指定の場所へと着地させる。
 それを見た周囲から感嘆の声が上がった。マスターも満足気に笑む。
「素晴らしい。――合格だ」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
「ああ。早速これから仕事にかかってもらいたいんだが、いいかな?」
「はい、もちろんです!」
 高揚した気分のまま、満面の笑みで答える祥太郎を見て、マリーが何故か眉をひそめた。
「ショータロー。あなた、ここがどこだか理解して来てるの?」
「どこって……『ジー・ケイ・エー』だろ?」
 先に部屋を出たマスターのほうを気にしつつ答えると、彼女は大きく溜め息をつく。
「……呆れた」
「あ、ごめん。俺も行かないと。これから宜しく! みんなも」
 そう言うと急いでドアへと向かう祥太郎。あっという間に見えなくなった背中には、挨拶ではなく溜め息交じりの言葉がかけられた。
「”Gate Keeper’s Apartment”よ。――お気の毒さま」

 ◇

「すみません、待たせちゃって」
「構わないよ」
 部屋の外で待っていたマスターは、特に気を悪くした様子もなく祥太郎を迎えた。
 そこから二人はさらに通路を奥へと向かう。すでに何回角を曲がったのかわからなくなってきた頃、唐突に休憩所のような小さなスペースが現れる。
 何脚か置いてある椅子の一つに、細身のスーツを着て、シルバーのアクセサリーをジャラジャラとつけた若い男が腰掛け、缶コーヒーを飲んでいた。自動販売機が置いてあるというのが、何ともこの建物にそぐわない。
「待ちくたびれましたよマスター。……この冴えないツラしたのが新人?」
 男は椅子に座ったまま、あごで祥太郎を示す。
「このホストみたいなチャラい人も、スタッフなんですか?」
「ホスト? ――はっ、そんなんじゃねーから。これも特注の研究着だし」
 彼がむっとして言い返せば、男も負けじとにらみ返した。
「わざわざ特注しなくても、スーパーで買っても似たようなものじゃない?」
 その緊張感を、のんびりとした声が一気に中和する。
「遠子さん!? ――い、いや、そんなスーパーとかと一緒にしないでくださいよ! いくらしたと思ってんすか!?」
「そのお金、もったいなくない? もっと自分磨きに使ったほうがいいと思うんだけれど」
「だからそうしてるんだって!」
 言い合いを始めた二人に、あっけにとられていた祥太郎だったが、ふと、いつの間に遠子がやってきたのかという疑問が湧いてきた。
 全く気配に気づかなかったが、男のファッションに口を出すためだけに来たのだろうか。
「あ、私ね、休憩所のごみを集めに来たの」
 視線が物語っていたのか、遠子は言って、ふふふと笑う。
「こちらは三剣才君。解析などを担当してもらっている。才君、伊村祥太郎君だ」
 それまで状況を見守っていたマスターが、穏やかに口を挟んだ。
「知ってまーす。新しい物体転移能力者だろ。……はっ、男かよ! せっかく俺様のハーレムだったのに。男なんか枯れたジジイだけで十分だっつーの」
 気を取り直して挨拶をしようとした祥太郎には目もくれず、才はあからさまに聞こえるように独り言を言ってからコーヒーを飲み干し、缶を投げる。それはゴミ箱に届くよりも前に、遠子がビニール袋でキャッチした。
「才くんのハーレムってどこにあるの? ここの近く? 私も行ってみたいわ」
 真顔で問う彼女に、彼は口を半開きにしたまま動きを止める。
「では才君、引き続き解析をお願いするね」
「えっ、だってマスター、これ終わったら交替してくれるって――」
「いやぁ、枯れたジジイにはどうも荷が重くてね。専門でもないから。では祥太郎君、行こうか」
 マスターは微笑み、青ざめた顔の才と、にこやかに手を振る遠子を置いて、再び歩き出した。
 祥太郎も笑いを必死で堪えながら後に続く。
「皆、個性的だけれどもね。宜しく頼むよ」
「はい、こちらこそ!」
 才という男とはそりが合わないと思ったが、他のメンバーとは仲良くやれそうな気がした。仕事を続けていくためには、やはり人間関係は大事だ。
 やがて、見上げるほど大きな扉が近づいてくる。サイズ以外は普通の木のドアに見えるが、巨大なノブには背伸びをしても手が届きそうにない。
 だがマスターはそのまま扉の横、壁のほうへと向かった。そこに設置されていたパネルを何やら操作すると、扉は重い音を立てながら左右に開く。
「もうそろそろだからね」
 その先には、先ほど試験を受けた場所のようなドーム状の空間があり、また扉があった。
 一つや二つではない。それこそ、数え切れないくらいだ。木製、金属製、宝石のように見えるものや、動物の骨のように見えるもの――色も形も大きさも様々な扉が、前にも後ろにも横にも天井にも張り付いている。
「これは……」
 ここも明らかに異空間建築だった。ここへ来て最初に感じた、カフェのようだという平和なイメージは、すっかりどこかへ行ってしまっている。
 マスターは腕時計を確認し、それから軽く手を叩いた。
「ああ、忘れるところだった。これを渡しておこう。ないと迷ってしまうからね」
 そう言ってポケットから出したものは腕時計。彼がしているのと同じものに見える。
「ここに、先ほどの才君が解析してくれたデータが送られてくる」
 そこには文字盤はなく、『C1-252』という文字と、青く点滅する矢印が浮き出ているだけだ。
「これは、どの扉に行けば良いかを示しているんだ。今回ならば、あれだね」
 マスターが指差す先には、円盤のようなデザインの扉が見えた。
 しかし問題は――それが、遥か頭上に設置されているということ。
「あんなの、どうやって行けば……」
「簡単なことだよ。ほら」
 絶句する祥太郎に笑って、マスターは地面を軽く蹴る。すると、彼の体はいとも容易く空中へと浮き上がり、あっという間に扉までたどり着いてしまった。
 祥太郎はしばらく呆然と眺めていたが、やがて意を決し、同じように床を蹴ってみた。
「うわっ。――すげぇ」
 それこそ本当に簡単に、地面は遠ざかっていく。コントロールが利かなくなるということも全くなく、体には楽に扉の前へと移動した。
「では行こう」
 マスターは言って腕時計を扉にかざす。扉は音もなく開き、二人を迎え入れた。
「えっ」
 声を上げる祥太郎を、マスターはまた面白そうに見る。
 その先にはまた無数の扉。確かに、これで迷うなというほうが無理だろう。再び腕時計の力を借りて、今度は何の変哲もないスチールの扉をくぐる。
 そんなことを何度か繰り返すうちに、やがて、最初のものと同じように大きな扉が一つだけある部屋へとたどり着いた。それはサファイアのように青く透明で、光る天井を映して煌いている。
「ここがC1-252、アルテス・ミラの扉と呼ばれている場所だ」
「アルテス・ミラ……ここで仕事を?」
「ああ」
 マスターは、扉の横にあるパネルを操作する。大きな扉は、腕時計をかざしただけでは開かないようになっているのかもしれない。やがて、扉は溶けるようにすっと消えた。
 その向こうには、静かで、暗い空間。ねっとりと濃い闇が漂っているものの、真っ暗という訳ではないようだったが、進み出ても証明がぱっとついて明るくなるようなことはなく、右上のほうに淡く光る球が浮いているだけだ。それは遠い月の光のように頼りなかった。
 テラスのようになったその場所は、断崖絶壁に張り付く燕の巣にも見える。申し訳程度の柵はあるが、そこから落ちたらどうなるのか全く見当もつかない。
「こ、ここは……?」
「異空間だよ」
「異空間……ですか」
 下を眺めていた祥太郎は、体を軽く震わせ、柵から離れる。
 ここまでずっと異空間だったような気はするのだが、何か違いがあるのだろうか。
「あの光、見えるよね?」
 マスターが、右上にある光の球を指差した。
「はい、見えますが」
「あれは強力な転送装置で、直接操作できれば楽なんだけどね、中々そうもいかないから、あれを中継点として押し戻すんだ」
「はぁ」
 何のことを言っているのかさっぱり理解できない祥太郎は、曖昧に相槌を打つ。
「ここから入ってこようとする人たちは、大体ロクでもないタイプだから、とにかくどんどんあそこまで飛ばす。そうすればあとは何とかなるから。簡単だろう?」
「はぁ……で、誰が入ってくるんですか?」
「異世界の人」
「異世界!?」
 何やら聞き捨てならない言葉に、祥太郎の脳が叩き起こされた。
「そう。それを、侵略が止むまで続ける」
「侵略!? ――今、侵略って言いました!? え? 何なんです? ここって何なんですか一体!?」
「まあ、とりあえず落ち着いてから説明するよ」
「何を落ち着けって!? どう落ち着けって――何が落ち着くんですか!?」
 すっかりパニックになった祥太郎の肩を叩き、マスターは虚空を指差す。
「ほら、早くしないと大変なことになるから」
「大変!? 大変って――!?」
「じゃ、頑張って」
 つられて彼方を見ているうちに、いつの間にかマスターも扉も消えてしまっていた。
「え、ちょっと待ってください! 待って! せめて説明を――!?」
 しかし叩いても蹴っても、腕時計をかざしても、壁となったそこは何の反応も返さない。
 何が起こったのか飲み込めず、しばしその場に立ち尽くす祥太郎だったが、次第に気持ちは落ち着いてきた。
 自分は面接を受けに来て、採用もしてもらえた。テストで実力も見た上でなのだから、こなせる範疇の仕事なのだろう。
 ここまできたんだからやるしかない。『ミュート』もなく、自らの力を最大限に発揮できる機会なんてそうそうあるもんじゃない。
 祥太郎は自らに言い聞かせ、頬をぺちぺちと叩いて気合を入れてから、光球との大体の距離を再確認した。
「そうだ。きっと何とかなる」
 そして大きな闇が待つ方へと体を向き直らせ、目を凝らす。
 その先には――うねうねと触手のようなものを蠢かせながら、徐々に近づいてくる得体の知れない物体。
「なんじゃありゃぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!!????」
 彼の絶叫に答える声はない。

 祥太郎の初仕事が完了したのは、次の日の早朝だったという。

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