めっけ鳥

「マジありえないんだけど」
「俺だって」
「は? あたしのどこがありえないって!?」
「え、いや、別に……すみません」
 俺が口の中でごにょごにょ言っていると、立木はふん、と鼻息も荒く、早足で歩いて行ってしまう。理不尽な世の中です。
 あれからクラスのみんなに、俺たちは付き合ってなんかないといくら説明しても、返って来るのは、またまたーとか、照れちゃってーとか、いい気になんなよ爆発しろとか、そんな反応ばっかりで、俺たちが必死になればなるほど、勘違いの溝は深まっていった。
 いざ自分がこういう立場になってみると、人って事実がどうこうよりも、自分の信じたいことを信じる生き物なんだということを痛感する。
 俺も今度からは、友人や芸能人の噂を聞いても、色んな事情があるだろうしなぁ、程度にしておこうと強く反省したりした。
 ただ、付き合ってはないけれども、全くなんでもないかというと、実際そうでもない。
 みんなに言えない秘密は共有している訳ではあるし、こうやって一緒に帰ったりしていると、誤解されても仕方ないというか、周囲からしてみれば、認めているようなもんだろう。
「まあさ、お互い思うところはあるけど、動きやすくなったといえば動きやすくなったんじゃないか?」
 俺たちが一緒に行動したところで誰も何も言わないし、放っておいてくれるというのは、ありがたい状況かもしれない。お互い、部活もやってないし。
 何となく面倒で、入るのを先延ばしにしていたのが、こんな形で役立つとは。
「それは……そうかもね」
 立木は不満げに頬を膨らませているが、とりあえずは落ち着いた模様だ。
 さっきみんなの前でも素が顔を出しかけ、ちょっと引かれてたからな。
 今日も眩しい太陽の下でそんなやり取りをしながらも、俺たちは和葉さんのマンションに到着した。
 落ち着いた雰囲気のエントランスで、立木が鞄からカードを取り出してリーダーにかざすと、扉が開く。
 通路にもエレベーターの中にも、誰もいなかった。それに少し、ほっとしたりする。
 別に悪いことをしてるわけじゃないんだけど、秘密を持っているという自覚があると、何だか後ろめたい気持ちになるんだよな。
 7階まで上がり、滑らかな質感の扉の前に立ってインターフォンを鳴らすと、しばらく経ってから和葉さんが出てきた。
 今日はゆるい感じのプルオーバーに、白のテーパードパンツというスタイルだ。長い髪は後ろでまとめている。
「二人ともお疲れ様。どうぞ」
「お邪魔します! ……何ニヤニヤしてんの? 気持ち悪い。閉めちゃうよ?」
 こういうのも似合うんだなぁ、とぼんやり眺めていたら、二人ともさっさと中に入ってしまった。
「あっ、ごめん。お邪魔します!」
 昨日と同じように、玄関から入ってすぐの『事務所』へと通される。
 ここって、こういう活動をするための部屋なんだろうか。それとも元々勉強部屋とか、書斎みたいな感じなのかな。
 童話や民話しか置かれてない書斎っていうのもあれだけど。
 家族の人に挨拶しなくてもいいのかなとか、いや、でもきっと一人暮らしなんだろうなとか、今まで気にする余裕がなかった細々とした疑問が浮かんでは来るが、中々聞く勇気はない。
 これまた昨日と同様に二人は一旦部屋を出て行ったので、俺もその間に持ってきた服に着替えることにした。
 制服のままでいると、行動するのに不便だと思ったからだ。
「おっ、佐倉も着替えてる! 用意がいいね!」
 また唐突にドアが開き、ツインテール立木が戻ってきた。
 だからノックぐらいしろと。
 呆れた視線を向けた肩越しに、トレイを持った和葉さんの姿も見える。
 それから飲み物を飲んだり、お菓子をつまんだりして一息ついた後、立木は反動をつけてソファーから立ち上がり、鏡の前へと立つ。
 また何か事件に遭遇するのかと思うと、少し緊張した。
「鏡よ鏡、今、この近くで能力を使ってる『紡ぎ手』はだーれ?」
 しかし、反応はない。
「じゃあ……鏡よ鏡、今、この近くにいる『紡ぎ手』は?
 すると、今度は鏡の表面が光り始め、フチなし眼鏡をかけた、目つきの悪い男が映った。
「それは、『めっけ鳥』です」
「なーんだ、めっけちゃんか。またこの辺うろうろしてるんだ」
「知り合い?」
「ま、それなりにね。変なヤツだし、仲がいいとかじゃないけど」
 立木はそう言ってひらひらと手を振った。
 『紡ぎ手』同士で、普通に交流してるやつもいるんだな。
「また少し時間が経ってから聞いてみようかな」
「もっと、範囲を広げたらどうかな?」
 鏡に背を向けた彼女に、俺が思いついたことを言うと、大げさな溜息が返って来る。
「あたしの今の力だと、このくらいが精一杯。範囲広げちゃうと、イメージとか集中がしづらくなるし、情報がどんどんあやふやになってくから。対象がはっきりしてればまだいいんだけどね。数もわかんない、居るかどうかもわかんないとなると」
 うーん、余計なこと言っちゃったかもなぁ。やっぱり新入りは新入りらしくしておくべきか。
 そんなことを思いながら、何気なく和葉さんの方を見ると、彼女はPCを凝視していた。
「だからそれと並行して、この辺りのニュースもチェックしているの」
 ああ、その中に『紡ぎ手』関連のものがある場合もあるんだな。
 それなら俺にも出来そうだと、マネをして携帯で見てみるが、正直、どの事件が『紡ぎ手』関連だとかは、さっぱり見当がつかない。
 小さな事件だったら、いちいち取り上げられはしないだろうし。
 地域の掲示板とかに情報があるかもしれないと思いついた時、携帯が鳴った。
 SNSの通知音だ。

《財布なくなった! 返して!》

 画面を見てみると、フキダシの中に、そんな文字が浮かんでいる。
 別のクラスだが、たまに遊んだりもする前田からだった。
 両手を上げた男のスタンプの腰にゴールテープが見えるんだけど、この用途でいいんだろうか。

《スカスカの財布なんか誰も盗らねーよ》
《落としたんだろ》
《家に忘れて来たんじゃね?》
《間違えて捨てたんだろ》
《食ったに違いない》

 すると即座にやってくる容赦ない返信の数々。
 いや、こいつはよくぼんやりしてるから、確かに落としたとかはありそうだけどさ。

《ちげーの! 近くにいたおばちゃん3人もわめいてた。すられたって》
《3人? ――合わせて4人? 同時に?》
《そんな凄腕のスリっていんの?》
《お前は落としただけだろ》
《そもそも持ってたのかよ》
《食ったに違いない》

「これ、怪しくないかな?」
 前田に色んな意味で同情しながらも、俺が携帯の画面を見せると、和葉さんたちは顔を見合わせる。
「超あやしい!」
「どこで起こった事件?」
 そこで、俺が前田に聞いてみると、駅近くのショッピングモールだと返ってきた。
 和葉さんはすぐにネットで検索をかけ、PCを立木の方へと向ける。
 彼女は目を細め、マップが映し出されている画面をじっと見た。
「ショッピングモール……こっちが銀行で、バスターミナル……」
 どうやら、イメージを固めているようだ。
「おけおけ。じゃあ、行くよ! 鏡よ鏡――」
 それから壁際の鏡の前まで戻り、いつものように語り掛ける。
 今度は青白く波打ちながら光った鏡が、30過ぎくらいだろうか、ショートカットの女の姿を映し出した。
 シンプルなTシャツにジーンズで、大き目のウェストバッグを身に着けている。
『それは、『アメフラシ』です』
 耳当たりのいい女性の声が、『紡ぎ手』の名を告げた。
「アメフラシってどんな話だっけ?」
 浮かんだ疑問が、つい口に出る。
 アメフラシって、ウミウシみたいなうにょうにょしたやつだっけか。
 どんな物語だったのか、読んだかどうかすら記憶にない。
「王女と若者が命がけのかくれんぼをする話」
 すると、立木がめんどくさそうにしながらも、答えてくれた。
 そのどこにアメフラシの要素があるんだ。
「若者が王女に見つからないように、アメフラシへと姿を変えるシーンがあるの」
 ぽかんとしている俺を見かねてか、和葉さんが補足をしてくれる。
「だから恐らく、姿を消して行動しているはず」
 なるほど、スリにはうってつけの能力というわけか。
 俺も近いうちに童話全集、読み直さねば。流石にいちいち聞くのは迷惑だろうし。
「どうやって追い詰めます?」
 立木に聞かれ、和葉さんは少し考えるようにしてから、俺の方を見た。
「そうね、私と、佐倉……何くんだっけ?」
「あっ、佐倉孝矢、です」
 そういえば、出会ってから慌しくここまで来たから、自己紹介ってしてなかったんだ。
「私は北城和葉です。改めて宜しく」
「それ、今のタイミングですること?」
 立木に呆れたように言われ、顔を見合わせた俺たちは、思わず笑みをこぼした。
 ここに来てようやく仲間と認めてもらえたようでもあり、やたらとほっとした気分になる。
「ごめんね。ええと、まず、まなちゃんに指示を出してもらって、私とたかやくんが――」
 それから、急ピッチで作戦会議は進んでいく。

 ◇

「……こっち!」
 俺たちは立木について人の流れを縫って歩く。『アメフラシ』はすでにショッピングモールを離れ始めていた。
 時には俺たちが壁になったりして人目を忍び、小さな鏡でターゲットの姿を確認しながら進む。
 魔法の鏡は、たとえ相手が姿を消していたとしても真実の姿を映し出す。それは大きなアドバンテージといえた。
 向こうはそんなこととは知らず、ある程度安全な場所まで離れたら、姿を現すはずだ。
 そして、こちらの読み通り、幾つかの店舗が入っているビルの中から、何食わぬ顔で出てきた。もちろん周囲の人は、女が最初からその中にいたと思うだろう。
 俺たちは、その後ろを静かに追った。
 さっきより少なくなったとはいえ、人の通りは普通にある場所だ。ここで戦いは仕掛けられない。
 立木は俺たちと別れ、先に集合場所となる空き地へと向かっていた。
 三人ともイヤホンマイクを装着し、同時通話できるアプリで連携を図っている。通話が上手く保てるか若干の不安はあるが、いざとなれば電話やメールでなんとかしようということになっていた。
 女が角を曲がったので、俺たちは一気に距離を詰める。
 そして、その先を確認すると――女の姿は消えていた。
 どうやら気づかれたらしい。
『今、消えた?』
「ああ」
 立木の声が耳に届く。彼女には常に女の姿が見えているはずだが、雰囲気や俺たちの様子でわかったのだろうか。
『そのまま真っ直ぐ。追って』
「了解」
 和葉さんも足を動かす速度を上げ、そして俺たちは走り出す。
 ここから立木の待つ空き地まで、追い込んでいく作戦になっていた。
 なってはいたんだが――難しい。
 なんせ、俺たちには姿が全く見えない相手なのだ。
 心もとない思いをしながら、立木の指示だけを頼りに追いはするものの、どうしてもタイムラグや意図の『ずれ』が生じてしまう。
「ここまでだっ!」
『どこまでだ!』
 急いで道を先回りし、気合を入れて追い込もうとしたら、全然違う方を見てたりとか。
 ――恥ずかしい。
『佐倉の目の前。手を伸ばせば届く』
 ならば、とにかく捕まえてから考えようと手を伸ばし、見えない体を掴めば――。
「あっ」
 しっかり力を込めたはずの場所から、急に骨や筋肉がなくなってしまったかのように、感触がぬめっと抜け落ちていく。
 すれ違った人から時折変な目で見られつつ、俺たちは『アメフラシ』との追いかけっこを続けた。
 そして、それは唐突にスピードダウンする。
 そう、疲れたからだ。主に『アメフラシ』が。
 俺たちの若さ溢れる力が! ――ということもあるかもしれないが、ただ走っている俺たちと、姿を隠すために集中しながらの女とでは、そもそも消耗の度合いが全く違うのだろう。
 潔く姿を現して逃げ続けるか、姿を消したままでこの場を切り抜けるか。
 女が選んだのは、後者だった。
「くそっ、またか!」
『今度は和葉さんの左斜め前!』
「私に任せて。――あっ」
『あっ、佐倉のほうに逃げたよ!』
 体力を温存しつつ俺たちの裏をかき、わずかな動きで避け続ける。
 これじゃ、らちがあかない。
「タイミング合わせて一緒に掴んだら、上手くいきますかね?」
「どうかしら。とにかく、やってみましょう」
 小声で言った俺に、和葉さんも小声で返してくる。
 せっかく捕まえたと思っても、ぬめっと逃げられるのはどうにかしないといけない。
 二人でがっしり抑えることが出来れば、何とかなるんじゃないだろうか。
「いい?」
 和葉さんの声がイヤホンから聞こえてきて、俺は緊張しながらも頷く。
「1、2の――3!」
 さん、のところで、俺たちは大きく地面を蹴って跳んだ。
 伸ばした手が――宙を掴む。俺は勢い余って、そのまま転がってしまった。痛ぇ。
 やっぱり、見えない相手を捕まえようとするのは無理があるのか。
 そう思いながらも、急いで起き上がったその時――。
「あんたたち、何か探してるの? あたしも探してあげようか?」
 俺たちの奇行を見兼ねたらしきおばちゃんが、声をかけてきてくれる。
「い、いや、別に……」
「すみません。どうぞ、お構いなく」
 親切はありがたいんだけど、今、それどころじゃないし。
 っていうか、ギャラリーが出来てるし。TVの撮影でもないから!
『どさくさに紛れて逃げちゃったよ!』
「くそっ!」
「とにかく、落ち着きましょう」
 和葉さんの言葉に頷き、俺たちはギャラリーの皆さんに愛想笑いを振りまきながら、何事もなかった素振りで歩き出した。
 大体の人はつまらなそうに散っていったが、数人はまだ何かあるとでも思っているのか、後ろをついてくる。
 走り出したくなるのを必死で堪えながら、俺は意識的にゆっくりと足を進めた。
『もう少し進むと、大きな通りに出るの。まずいかも!』
 人通りが多い場所に出られると、不利になるのはこっちだ。
 車とかで移動されれば、追うのも難しくなる。
『その先の右手に細い道があるから、追い込んで! あたしもそっちに行くから!』
「……了解」
 少し迷った後、和葉さんはそう答えた。
 移動中は指示も不安定になるだろうし、さっきみたいに人が集まってくると厄介ではあるんだけれど、遠隔で指示をもらって動く難しさを考えると、そのほうがいいかもしれない。
 ちらと後ろを見ると、しつこくついて来ていた数人も、どこかへ行くところだった。
 俺たちは足を少しずつ速め、遅れた分を取り返そうとする。
『その、左の方の……植木……の、あたりに……』
 そして現在移動中の立木の指示が、若干怪しくなってきた。
 うわ、すっげー不安。
「俺、回り込んでみます」
 立木が示した場所と道を挟んだ向かい側に、工事の白い壁に囲まれた、細い横道が見える。
 何とかして、そっちに誘導したい。
 真っ直ぐ行った道の先には、走る自動車がすれ違っているのが見えた。
 でも回り込むって言ったって、どうすりゃいいんだ。
 俺は一旦右手の路地へ近づくようにしてから、大回りして植木の方へと向かう。
『右! ……右のほうに逃げた!』
 だがそこで、立木の上ずった声が聞こえて来た。
「右? 右ってどこの――?」
 聞き返したその時、背後で何か鈍い音がし、俺は慌てて振り返る。
 誰も居なかったはずのその場所には、魔法の鏡に映り、立木が『めっけちゃん』と呼んでいた男が立っていた。
 その前には、驚いた表情の女が尻餅をついている。
「おっと、失礼」
 男の言葉で我に返った女は体を起こし、俺たちが動くよりも速く、件の路地へと逃げる。
 これは大きなチャンス!
 男のことは気になるけど、今はそれを考えてる暇はない。立木も悪いヤツではないって言ってたし。
 白く細い道を、女はもう姿を隠すことなく走る。
 ちょっ――速い。
 元々走りには自信があるんだろうが、ここで捕まるわけには行かないという思いが、それに一層拍車をかけるんだろう。
 道の先は行き止まりになっているようにも見えたが、そんなに上手く事は運ばなかった。
 女はそのまま速度をほとんど緩めずに、左へと曲がる。どうにかして大通りの方に向かおうとしているのだ。
 だが、その姿が見えなくなってすぐに、小さく悲鳴が上がった。
 ――立木の声だ。派手にぶつかったと見た。
「いい加減、観念したらどうなの!? 隠れたって無駄なんだから!」
 そんな一言で観念するわけはないんだが、言いたくなる気持ちもわかる。
 かくれんぼは、もういいっす。
 俺と和葉さんも、そちらへと急いだ。
「今、あの電柱の後ろ辺り!」
 つーか、突破されてるし!
 和葉さんは荒い息を整え、辺りに誰も居ないのを確認すると、茨を張り巡らせ始める。
 これなら、あのぬめっと攻撃も、防げる――と信じたい。
 周囲の建物は、いつの間にか沢山の窓を持つ城壁へと変貌し、別の場所へと迷い込んだような錯覚を起こさせる。
 頑張れ和葉さん絶対捕まれもうこれで終わりにしたい疲れた。
 祈りなんだか愚痴なんだかわからない思いが俺の中で強く主張をし始め、それが目から出て来るくらいの勢いで、空間をにらみつける。
 和葉さんが長い指を動かせば、茨はそれに従ってするすると動いた。
 一旦大きな円のように広がり、その範囲を徐々に狭めていく。
 うまい! これなら絶対逃げられない。
 そして、手を取り合うかのようにお互い絡まり合い、鳥かごのような形を作っていく。
 とうとう追い詰められた女は姿を見せ、茨のかごを何とか壊そうともがいた。
 和葉さんはその周囲に、幾つものつむを突き立てる。
「おやすみ。――『アメフラシ』」
 ささやくような声と共に糸は膨れ上がり、かごを白い繭へと変えていく。

 ◇

「ふん、中々見事だった」
 辺りにまた日常が戻った途端、やる気のない拍手と一緒に、声が聞こえて来る。
 振り返った先には、いつの間にかあの男が立っていた。
「あっ、めっけちゃん」
「渡部だ」
 立木が指を差して言った言葉へと、即座に声がかぶさる。
「いいじゃんどっちでも。似たようなもんでしょ?」
 俺もどっちでもいいんだが、かなり違うと思う。
「めっけちゃん、相変わらず偉そうだよね。何にもしないのに」
 腕を組み、大きく溜息をついた渡部が何かを言う前に、さらに立木が続けた。あくまでもめっけちゃんで通すつもりらしい。
「今回は手伝ってくれたよ。彼があそこに居てくれなかったら、まずかったかも」
 流石に見かねた和葉さんが、助け舟を出した。
 この言い方だと、本当に今まで何にもしなかったんだろうな。
「そうなの? お手柄じゃん」
「別に手伝ったわけじゃない。偶然だ」
 こちらも大概偉そうな立木に、渡部は面倒そうに呟いた。
「はいはい、そういうことにしておきましょうか」
「偶然でも助かったわ。ありがとう」
 二人のやり取りを見て、和葉さんがくすくすと笑う。
 三人とも結局のところ旧知の仲ってやつで、『紡ぎ手』同士、理解し合えるところがあるのかもしれない。
 何だか疎外感があるなぁ。
 そんな僻みみたいな思考が少しだけよぎった時、急に渡部の視線がこっちへと向き、俺はどきりとする。
「新入りか」
「ええ、まあ」
 負けてられるかとフチなし眼鏡の奥を見返すが、鋭い眼光が刺し返してくるようで痛い。
「な、何か」
 渡部はすぐには答えずに、ぼそりと言った。
「語り手か」
「……は?」
 何を言われたのか理解できず、思わずそんな声が出てしまう。
 だが、それは立木も同じのようだった。
「それって、どういう意味?」
 それから彼女は、助けを求めるように和葉さんを見る。
 みんなの視線を受け、彼女も珍しく戸惑ったような顔をした。
「わからないならいい」
 誰かが口を開くより先に、渡部はそう言ってこっちへ背中を向けると、さっさと歩いて行ってしまう。
 何だよ、言いかけたなら最後まで責任持てよ。
 でもその言葉は口からは出ず、俺はただ、その背中を見送るだけなのだった。

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