語り手

「……私、心当たりがある」
 薄暗い帰り道で、和葉さんはぽつりと言った。
 俺の首筋が汗ばんだのは、湿気と気温のせいばかりではないはずだ。
「さっきの茨の動き、私がコントロールしたものじゃなかったから」
「どういう意味?」
 立木が尋ねると、和葉さんは言葉を探すように少し黙った。
 俺は何と口を挟んでいいのかもわからずに、様子を見守っている。
「正確には、私のしようとしていた範囲を超えた動きだった。『アメフラシ』を囲い込もうと茨を動かしたんだけれど、あの数を一度に、あんなに整然と動かすことは、今の私には出来ない」
「えっ、だって」
 見守るつもりだったのに、思わず声を出してしまう。
 二人の目が一斉にこちらを向き、慌てて口をつぐんだが、そのまま何事もなかったように話が進む――というわけにはいかなかったので、仕方なく言葉を続けた。
「『ラプンツェル』の時だって――」
「だから、そういうことなのよ」
「そ、そういうことって?」
 和葉さんの反応は予想外に早く、戸惑ってしまう。
 次に続く言葉は、俺の気持ちをさらに揺さぶった。
「たかやくんが、やったってこと」
「俺が?」
「そう。――多分」
「どうやって?」
「それは……わからないけど」
 和葉さん自身も何だか煮え切らない表情を浮かべ、言葉を選ぶように慎重に発していく。
「たかやくんが直接やったのではなくて、多分、私の力を増幅したのだと思う」
「ぞ、増幅?」
 益々わからなかった。俺は何もした覚えがなかったからだ。
 ただ、何とかなれとか、頑張れとか――。
「……あ」
 もしかしたら、そういうことなのか?
「何かわかってんなら、さっさと言いなよ」
 立木がそう言って、持っていた鏡で小突いて来る。
 俺は思い当たったことを、二人に話してみた。
 もうこれで終わりにしたいとか、疲れたとかの部分は伏せたが。
「願いや祈りも、強い意志を伴う行為だわ」
 それを聞いて、和葉さんが納得したように頷く。
「『語り手』……か」
 立木も呟き、それから何かを思いついたように鏡を叩いた。
 さっきからそれはそんな扱いでいいのか。
「語り手って、物語を面白く出来るでしょ? だから、めっけちゃんがそう呼んでたのかも」
「きっとそうだね。『紡ぎ手』とはまた別の形の能力者……それなら、今までのことも納得が行く」
 二人はすっきりしたような顔をして、俺の方を見る。
 俺自身、もどかしい思いが晴れ、急に目の前が開けたような気がした。

 ◇

「どうしたタカ。いいことでもあった?」
 そろそろ寝ようかとトイレに行き、二階の部屋へと戻る途中で声をかけられた俺は、はっと顔を上げる。
 階段を上がった先には、大学生にしては子供っぽいキャラの柄がプリントされたパジャマ姿の姉貴が陣取り、にやにやとこちらを見ていた。
 風呂あがりのようで、顔は紅潮し、頭にはタオルを巻いている。
「い、いや別に」
 やばい。これは獲物を見つけたという目だ。絶対ロクなことがない。
 さっさと部屋へと向かおうとした俺の前に、姉貴は華麗な横滑りで移動する。
「彼女でもできたのかなー? ……なんて」
 くっ。可愛く首を傾げてみましたと見せかけて、俺の視界に入り込んでプレッシャーを与えつつ、通路を塞ぐ流石のテクニック。
「で、出来るわけないじゃん」
 俺は精一杯、何気ない風を装いながら、体を半回転捻り、逆側から突破を試みた。
「うんうん、でもさ、タケくんがね」
 姉貴は今度は後ろ向きのまま、俺の前まで移動してくる。
 しかしその動きで頭のタオルが解け、はらりと落ちた。
 チャンス!
 俺はタオルをキャッチするのに気をとられていた姉貴の隣へ、滑り込むようにして通り抜ける。
「お、おやすみ!」
「あっタカ、逃げるな!」
 そして姉貴の声にも振り返らずに、急いで自室の扉へと向かい、逃げるように中へと入った。
 閉じたドアの外で何か言っている声が聞こえるが、それは無視する。
 ああ、びっくりした。でも、何とか乗り切った。
 それにしてもタケのやつ、余計なことを。
 姉貴の耳に入ったとなれば、これから根掘り葉掘り聞かれたり、色々弄られたりするのは必至だろう。
 本当のことならまだしも――いや、本当だとしても嫌だが、理由が理由だけにどう誤魔化したらいいのか悩むところだ。
 急にずっしり重くなったように感じる体を引きずり、俺はそのままベッドへと潜り込む。
 でも少し経つと、浮かんでくるのは心配事よりも、今日起きた出来事で、そうすると今度はまた気分が軽くなってくるから不思議だ。
 自分の能力のことや、自分に出来ることが少しでもわかったということは、二人と一緒に活動する意味や、居場所が与えられた気がして、やっぱり嬉しかった。
 想像していたものとは、少し違ったけど。
 そうだ。明日はあの渡部っていう男に会いに行って、話を聞いてみよう。
 そのアイディアに、気持ちはさらに高揚していく。
 俺は、和葉さんや立木の能力を増幅し、二人の活躍を陰で支える自分の姿を思い描きながら、いつの間にか眠りの中へと引きずり込まれて行った。

 ◇

「めっけちゃん? 関高の生徒だよ。確か」
 そして迎えた次の日。
 そう立木から聞いた俺は、早速放課後、渡部を尋ねてみることにした。
 関高というのは全国でも有数の進学校で、自由な校風で知られる学校だ。制服もあるが、私服で通っている生徒が多いと聞く。
 あいつ、いかにも頭よさそうだったし、何だか妙に納得してしまった。
 俺の高校の最寄り駅から、電車を乗り継いで5駅、それから徒歩で10分強。
 校門から少し離れたところで足を止め、生い茂る緑に囲まれた、ちょっとボロ――歴史と趣を感じさせる校舎を、俺は眺めた。
 俺の頭では関高なんて全くかすりもせず、出来るだけ近くの公立にしようということになっていたので、見学に来たことすらない。
 しかし、立木の情報を元にここまで来てはみたものの、手掛かりは渡部という名字だけで、学年もクラスもわかんないんじゃなぁ。
 そもそも、まだ学校に残ってるんだろうか。
 俺は困ってしまい、立木に電話をかけてみることにした。
 コール音を聞きながら、つながるのを待つ。
 つーか、最初から頼むか、一緒について来てもらえば良かったんじゃないだろうか。
 気持ちばかりが先走って、冷静に考えられてなかったかもしれない。
『何か用?』
 しばらくして、立木が出た。
 第一声がそれってひどくないか。
「ああっと……今大丈夫?」
『ヒマだからいいけど。で、何か用?』
「渡部の居場所、わかんないかな?」
『ああ、めっけちゃんに会いに行ったのか』
「うん。今、関高の校門近く」
『えー、めんどくさい。もう関高にいるなら自分で探しなよ』
「探せないから頼んでるんだろ」
『……じゃあ、プリン買ってきて』
「プリン?」
『関高の近くに美味しい店があるから。よろしく』
「わかったよ」
『決まりね。ちょっと待ってて、かけ直すから』
 そして一旦通話が切れ、しばらくしてから着信がある。
『まだ校内にいるみたい。昇降口みたいなとこにいるから、そのうち出て来るんじゃない?』
「サンキュ。それじゃ――」
『プリンよろしくね!』
 こっちの言葉は聞きもせず、プリンのことを強調してから、通話が切られた。
 今昇降口にいるなら、すぐに出て来るだろう。
 俺はほっとして、ゆったりと待つ。
 ――こと30分。
 まだ渡部は出てこない。
 さっきの情報はなんだったんだ。それとも出てきたのに見落としたんだろうか。
 もう一度、立木に聞いてみようかどうか迷っていると、見覚えのある姿が校門から出て来るのが目に入る。
 日の光を反射するフチなし眼鏡に、服はこの前と同じようなシャツとパンツ、革靴だった。制服っぽくはないから、私服なんだろう。
 若くして成功したどっかの社長かなんかは、服で迷う時間がもったいないから同じ服を沢山持っていると言ってた気がする。
 あれか、俺もデキる奴だアピールか。将来有望だぞってことなのか。
 何だか期待や不安や待ちくたびれたことやプリンとかで頭がぐちゃぐちゃで、早くも疲れてきてしまった俺は、心の中で渡部に当たり始めていた。
 もしかしたらそれが表情や仕草に出ていたのだろうか。
 近づく俺の姿を一瞥すると、渡部はそのまま何も見なかったかのように、校門を出て右手、こちらとは逆の方向に歩き始めた。
 俺は歩く速度を速め、その背中を追いかける。
「あのっ」
 しかし、ヤツは振り向きもしない。
「すいません、ちょっと」
 少し声のトーンを上げてみたが、同じことだった。
 代わりに、すれ違ったサラリーマンが振り返ったので、俺は慌てて頭を下げる。
 この前は思わせぶりなセリフを残していきながら、徹底的にスルーするつもりなのだろうか。
「渡部!」
 今度は名前を呼んだ。それでも反応は返ってこない。
「おい、渡部ってば!」
 呼びかけを繰り返す度に、歩くスピードは上がって行く。
 ――と思ったら走り出した。
「な、ちょっと待てって!」
 俺も慌てて追いかけるが、始めは流す程度だった走りは、次第に本気になっていく。
 それに合わせ、俺の足にも力がこもった。
 それほど広くはない塀際の歩道を、俺たちは人の間を縫うように駆け抜けて行く。
 すれ違った人たちは、皆驚いた顔でこっちを見ていた。
「渡部!」
 俺が何度呼びかけても答えず、走る速度も緩めない。
 何なんだよ、一体。
「めっけちゃん!」
「そんな呼び方をするなと――」
 その名で呼んだ途端、ぴたりと渡部は立ち止まって振り返り、きっと俺を睨みつける。
 そして――俺たちはそのまま激突した。
 上下がひっくり返った感覚と共に、衝撃が体に走る。
「ってぇ……」
 俺は打った腰をさすりながら起き上がった。昨日もこんなことあったような。
 渡部は、ずり下がった眼鏡を直しながら立ち、服についた汚れを払っている。
「何で逃げるんだよ!」
 俺が文句を言うと、ヤツはあからさまに嫌そうな顔をした。
「お前こそ、いきなり何なんだ。学校まで押しかけてきやがって」
 まあ……それは確かに嫌かもしれない。
 でも、他にこいつと連絡取る方法が思い浮かばなかったんだよな。
「妙な噂にでもなったらどうする」
 一体、何の噂を警戒してるんだ。
「別に他のガッコの友達が尋ねてきたって変じゃないだろ?」
「友達じゃないだろうが」
「それは、そうかもしれないけど」
「俺は孤高の存在として誰ともつるまず過ごしているんだ。お前みたいなのと同類だと思われるのは迷惑だ」
 いや、ぼっち自慢されても。
 そんなやり取りをしながらも、結局は何となく一緒に歩いている俺たち。
 どこに向かっているのかはわからなかったが、やがて目の前に、小さな白い建物が見えてきた。
「あっ」
 屋根の上に乗っかっている鶏と卵のオブジェを見て声を上げた俺を、渡部が不審げに見る。
「いや、立木にプリン買ってきてくれって頼まれてたからさ」
「俺の居場所を教える代わりにか?」
「ははは……」
 お察しの通りです。
 どうしようか困っていると、渡部がぼそっと言った。
「買って来いよ」
「だって――」
「逃げたりはしない。そんなことをしても、また見つけられて追いかけ回されたら敵わんからな。さっさと終わりにしたい」
 俺は腕を組み、渡部とプリン屋を交互に見る。
 大きな窓から見える明るい店内は、多くの客で賑わっていた。
「あっ、イートインもあるじゃん」
「誰が行くか!」
 だが、その名案は一蹴されてしまった。

 店から出ると、渡部はさっきと同じ場所で待っていた。
 こちらの姿を確認し、ヤツはまた歩き出す。俺もその後についていった。
 さっきみたいに何となく歩いているんだろうか。それとも、どこかへ向かっているんだろうか。
 そんなことを考えていると、こんもりとした緑の塊が見えてくる。
 近づいてみるとそれは生け垣で、その奥には小さな公園があった。
 古びた遊具がいくつかあるが、何となくどんよりした雰囲気のせいか、誰も居ない。
 渡部は生け垣の切れ間にある車止めを避けて公園へと入ると、屋根のついた円いベンチにどっかりと腰を下ろした。
 ここで話をしようってことなんだろうか。
「何だ?」
 俺が差し出したものを、渡部は不思議そうに見る。
「いや、突然押しかけたし、時間作ってもらって悪かったからさ」
 手に持ったプリンのガラス容器は、ひんやりと冷たい。
 しばらく眺めた後、渡部は偉そうな態度で言った。
「ふん、貰ってやるか」
「あっ」
 そして差し出した方ではなく、俺が自分で食おうと思っていたチョコプリンを奪うようにして取る。
 俺は仕方なく、スタンダードなカスタードプリンを手に、近くにあった馬だかカバだかわからない遊具に腰を掛けた。
「うまっ」
 駄洒落じゃないです。
 スプーンですくってプリンを一口、そのとろけるような滑らかな口当たりと、程よい甘みに混じるほろ苦いカラメルソースが――。
「で、お前は何しに来たんだ。プリン食いに来たのか?」
 自分もプリンを食いながら、やっぱり偉そうに言う渡部。
 やばい、危うくプリンの感想で頭が一杯になるところだった。
「ああ、そうそう。『語り手』のことについて聞きたくて」
「緊迫感のない奴だな」
 そもそもプリン食ってて緊迫感も何もないとは思う。
 そんな思いが顔に出ていたのか、渡部は呆れたように溜息をつくと、早々に空になったプリンの容器をベンチの上に置き、腕を組む。
「……俺もそれほど詳しく知っているわけではない。色々と調べていたら、『紡ぎ手』以外の能力者の情報に行き当たったというだけだ」
「それが、『語り手』?」
「そうだ。『語り手』は『紡ぎ手』の能力を増幅することが出来る。――らしい」
「らしい?」
 俺が繰り返すと、渡部は憮然とした表情を浮かべる。
「だから俺も詳しくないと言っただろう。断片的な情報を寄せ集めて得られたものだ。お前がもしそうなら、実際にこの目で見たのは初めてのケースとなる」
 なら、あんな思わせぶりな言い方をするなよ。
 この感じだと、和葉さんと立木の推測以上のことはわからないかもしれない。
 俺は馬にまたがり、ゆらゆらと揺れながら小さく呻った。
「……そもそも、『紡ぎ手』についてもよくわかんないんだけどさ」
「あいつらが教えてくれないのか?」
「きっかけがあれば、少しずつは。後は行動を共にしててわかることもあるし。まだ、中々じっくり聞く機会もないから」
「ふん、仲良しごっこをしている割に、中身は伴わないんだな」
 渡部は言って、にやりと笑う。何でそんなに嬉しそうなんだ。
 まぁ、まだまだお互い手探りっていうのも事実なんだろうけど。
「『語り手』のことも知らなかったようだし、俺の方が知識としては上だろう。ずっと調べているからな」
「よく和葉さんたちの周りをウロウロしてるっつーのも、そのためなのか?」
「……無論だ」
 今、少しあった間はなんなんだ。
 俺がそう思いながら見ていると、渡部が次第に落ち着かない様子になってきた。
「別にお前らのことが気になるとかではないからな。あくまで調査の一環だ」
 それは気になっていると言っているようなものでは。
 俺が尚も無言で見続けると、渡部は眼鏡をはずし、額の汗をハンカチで拭う。
「羨ましいとか、決して思ってなどいないから、勘違いはするなよ」
 こいつ、聞いてもないのにべらべら喋るドラマの犯人みたいで面白いな。
 そのまま黙っていたらどうなるか興味はあったが、それはちょっと可哀想な気もしたし、聞きたいのはそこではないので、話を元に戻す。
「ああ、うん、わかった。……んで、『紡ぎ手』っていうのはそもそも何なんだ?」
「『物語』の力を操る能力者だ」
 答えはすぐに返って来た。
 そして、それは俺も知っていることではある。
「物語の力っていってもさ、物語そのまんまじゃないじゃん? それは何でなんだろ?」
 人を眠らせる『いばら姫』に、魔法の鏡を操る『白雪姫』。
 有名なシーンを切り取ったんだとしても、どうしてその部分だったのかという謎は残る。
「そのまま、というのがそもそも難しいとは思うが」
 渡部は言って、少し遠くを見た。
 俺もつられてそっちを見るが、誰も乗っていないブランコがあるだけだ。
「鍵となるのは、個人的な体験や思いだ。それが物語と強く結びつき、能力としての『物語』となる」
「……はぁ」
 何だかさっぱり飲み込めずに、溜息みたいな声が出る。
 すると渡部の鋭い目が、こっちへと向けられた。
 いや、真面目に聞いてはいるんだけど。もうプリンも食べ終わったし。
「飲み込みの悪いお前にもわかりやすい様に例を出すと、『いばら姫』だな」
 それを最初からやってくれよ。
 俺の思いをよそに、渡部先生の解説は続く。
「能力へと覚醒するきっかけが訪れた時――最もその確率が高くなるのは、他の『紡ぎ手』の能力を目撃することなんだが」
「あっ、でも気持ち悪い――じゃなかった、気持ち悪くなるって、立木が」
 彼女の言っていたことを思い出し、俺は思い切り話の腰を折る。
「……それは、物語の領域と、人の領域が重なったことによって起こる現象だな。『紡ぎ手』の方にもダメージが来るが、人の方にもそれ相応のダメージが行く」
 先生は一瞬こっちをすげー睨んだが、気を取り直して答えてくださった。
「人も? 声を上げるくらいに気持ち悪くなる?」
「驚くだろう、普通」
「いや、それはまあ、そうだろうけど」
「ただの見間違い程度で済ませられるレベルならいいんだがな。直視してしまえば、どうにかして処理せざるを得ない。抱えきれずに誰かに話せば、いい所で都市伝説、悪ければ鼻で笑われたり、病院に行けと言われる。それを現実と認めないならば、疲れのせいだと必死に自分を納得させたりとかな」
 そう言われると、そういう反応をする人が多いのかもしれないという気がしてくる。
 俺みたいなのって少数派なのかなぁ。
「そのうちに、自分の中にも今までとは異なった力が湧いて来るのを感じるようになる。そいつの奥底に染み付いていた物語が浮かび上がってくるんだ」
 渡部の言葉に、段々力がこもってきた。
 自分の体験を思い出したりしてるんだろうか。
「例えば『いばら姫』だ。能力が目覚めつつあるのを感じた時、こう強く思う。『能力なんて、なくなってしまえばいい』。するとそれは、いばら姫の物語と結びつき――あいつ独自の『物語』となる」
 それから、少し前のめりになっていた体を、ベンチの背もたれの方へと戻す。
「無論、これは俺の推測に過ぎない。あいつが何を思ったかは、あいつにしか解らないしな。だが、実際に能力をその様に使っている以上、間違ってはいないだろう」
 確かに、それは合っているんじゃないかという気がした。
 そして、そういう強い思いとか体験があるからこそ、二人が俺の話を聞いて首を捻ったということも理解できた。
 改めて思い起こしても、俺自身、そんなことを体験した覚えは一切ない。
 立木は、誰かを探したいと思ったんだろうか。それが魔法の鏡が白雪姫を探し当てるシーンと結びついたのかもしれない。
「渡部は、何を思ったんだ?」
「お前には、関係ないことだ」
 ふと気になって聞いてみたが、あっさりと突っぱねられてしまった。
「もう一つ、気になることがあるんだけど」
 あんまり個人的なことを詮索するのもあれだし、俺は話題を変えることにする。
 矛先が自分から外れた渡部は、少しほっとしているようにも見えた。
「和葉さんが戦ってる時、周りの景色が急に変わることが、何度かあったんだ。あれも何かの力の作用なのかな?」
 森のような景色が多かったと思うけど、雪が降ったり、城みたいなのが見えたこともあった。
「それは、異なる『物語領域』が衝突した時に起きる現象だな」
「へぇ……」
 やっぱりよくわかっていない俺を見て、渡部は言葉を変える。
「金属同士がぶつかり合うと、火花が出るようなものと言えるかもな。そのおかげか、人が近づいて来にくくなるというメリットはあるようだ」
「うわ、危ねぇ!? って?」
「そういう風に危険を察知するということだろう。同じ道でも、薄気味悪い道よりは、安心できそうな道を選ぶ。もう既に目撃されている状況では意味がないがな」
 まだまだわからないことは多いけど、気持ちがずいぶんとスッキリした感じがする。
 やっぱりここへ来て良かったと思った。
 渡部も、案外話しやすいヤツだったし。
「……お前、危険は覚悟の上であいつらと一緒に居るのか?」
 気分がよくなり、馬をぐいんぐいん揺すっていたら、今度は向こうから質問が飛んできた。
 今までの『紡ぎ手』との戦いが、脳裏をよぎる。
「そりゃ、多少危険なのはわかってるけど……」
「多少?」
 その言葉を強く繰り返され、俺は思わず渡部を見た。
 すると、呆れたような溜息が返って来る。
「お前、本気でおめでたいやつだな」
「そんな言い方――」
「他の『紡ぎ手』の能力を眠らせて、それでめでたしめでたしだと思ってたのか? 『いばら姫』の能力は『紡ぎ手』、特に能力を使って犯罪を犯しても平気な連中にとっては、この上なく目障りなんだぞ?」
 何度もバカにされ、流石に言い返そうとした俺を、渡部の声が打ちのめす。
「そ、それは……」
 考えてみれば当然のことなのに、言われるまでそのことに思い当たりもしなかった。
 不思議な能力を使う人たちに出会って、自分もその仲間だと言われて、浮かれすぎていたのかもしれない。
 渡部はベンチから立ち上がり、そのまま俺の脇をすり抜けた。
「覚悟がないのなら、今のうちに仲良しごっこをやめることだな」
 そして背中越しに言って、足早に公園を出て行く
 俺は初めて出会った時のように、その背中をただ見送っていた。

 それから俺は、しばらく公園でぼんやりしていた。
 あたりが段々暗くなってきて、そういえば約束を果たさなきゃと『事務所』へと向かうことにする。
 歩いて、電車に乗って、また歩いているうちに、色んな思いや考えがどんどん浮かんできて、スッキリしたはずの頭の中は、またごちゃごちゃになってしまった。
 気がついたら和葉さんのマンションの前まで来ていて、俺はもらったカードキーを使い、エントランスを潜り抜ける。
 このキーを渡された時も、また距離が縮まった気がして嬉しかったけど、結局のところ、俺は和葉さんのことをまだ何も知らないに等しい。
 7階の滑らかな質感の扉の前に立つ。
 インターフォンへと伸ばした手は、そのまま動かなくなってしまった。
 俺はプリンの入った袋をそっとドアの横に置くと、背中を向け、来た道を戻る。
 マンションから出て、家へと向かいながら、立木にメールを送った。
 自分でも情けないと思ったけれど、少し、時間が欲しかった。

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