おおがらす

 ……どこか遠くから、音が聞こえてくる。
 音は次第に強く鋭くなり、それがアラームの音なのだと頭が理解してからも、俺は目を開ける気にはなれなかった。
 心身ともに疲れ切って、昨夜ベッドへと早々に潜り込んでも中々寝付けなかったのに、いつもよりもずっと早い時間に鳴り始めた目覚まし。
 八月を目前にした朝は、決して爽やかとは言えない空気だったが、その暑さの中にあっても、柔らかな寝床の中に沈んでいこうとする体を叱りつけ、俺はようやく身を起こした。
『行方不明の――』
 のろのろと着替えを済ませて階段を下り、リビングへと入った途端に聞こえてきた言葉に、俺はびくりと顔を上げる。
 テレビでは、どこかの誰かが行方不明になったというニュースをやっていた。晒された名前にも顔写真にも全く見覚えがないことに、不謹慎ながらもほっとする。
「やーね、最近こういうの多くて。――あらタカ、今日は早いじゃない」
 それを見ながらぶつぶつ言っていたお袋が、こっちに気づいて振り返った。俺は曖昧な返事をして、そのまま洗面所に向かう。
 続いてのニュースです。立木真奈さんが――抑揚のないニュースキャスターの声が頭の中でした気がして、慌てて冷たい水を顔面にぶちまけた。
「昨日のお祭りでね」
 テーブルにつくと、お袋が唐突にそんなことを言い出す。
「えっ」
「由香が向坂さんにばったり会ったんだって。……何よタカ、えって」
「あ――いやいや、何でもない。ごめん」
「向坂さんって、由香さんの同僚だった人だっけ?」
「そうそう。結婚して引っ越したんだけど、偶々こっちに戻ってきてたらしいの」
 両親はこちらの様子は気にせずに、共通の友人の話題で盛り上がっている。濃い目に入れたインスタントコーヒーを飲み干しても、頭はちっともスッキリしてくれない。
 誰かが姿を消すのは、これで二度目。
 だからということもあるだろう。もうそんなことは起こりっこないと、どこかで油断があったから余計になのかもしれない。だけど何よりショックだったのは多分、普段冷静な和葉さんと渡部の態度。
 ――俺たちには、『魔法の鏡』がない。
 和葉さんが姿を消した時と違い、探す手がかりになる重要なものが欠けている。
 相変わらず立木からの連絡も全くない。それが、みんなの焦りを大きくしていた。
「……あのさ」
 二人の会話の途切れ目を狙い、話を切り出す。
「ちょっと、二、三日、友達の家に泊まって来たいんだけど」
「友達って? タケくん?」
 お袋がカフェオレを飲みながら言う。
「いや、渡部っていう、関高のヤツ」
「関高? あんたそんなとこに友達いるの?」
「うん……まあ」
 最初は嫌なヤツだと思ってたけど、いつの間にかそう呼んでもおかしくないような間柄になっていた。
 和葉さんも――立木も。
「この前のテストの時も、勉強見てもらってさ」
「やけに結果が良かったのも、そのせいか」
 親父がテレビに視線を向けたままで言った。
「うん、すげー助かった。夏休みの宿題も結構あるから、色々相談しようと思ってさ」
 俺はそう言って笑う。
 夏休みの宿題が結構あるのも本当。友達の家へ、色々相談しに行く。――そんなに間違ったことは言ってない。そうやって自分に言い聞かせて、湧き上がる動揺を抑える。
「いいんじゃないか。学生のうちはそういうのも楽しいしな」
「そうね。……危ないことしちゃダメよ」
 何だよそれ、小学生かよ。
「……うん」
 そう思いながらも俺は、素直に頷く。
 それはきっと嘘になるだろうから、心の中で、ごめんと謝りながら。

「行ってきます」
 昨日のうちに用意しておいた荷物を抱え、俺はリビングに一度顔を出してから、静かに玄関を出る。
 両親とも、ある程度のことを伝えておけば、そんなに突っ込んで聞いては来ないタイプだから、こういう時、助かった。
 一人、根掘り葉掘り、自分の気が済むまでとことん攻め込んでくるヤツがいるけど、まだ寝ているようだ。自転車を取りにいく時も恐る恐る上を見てみたが、部屋のカーテンは閉まったままだった。
 俺は一つ息を吐き、ペダルに体重をかける。

 ◇

 チャイムを鳴らすと、すぐに和葉さんは出てきた。
 その表情は明らかに沈んではいたけれど、俺は少しだけほっとする。
 もしかしたら、一人でどこかへ行ってしまうのではないかという思いが、ずっと心の片隅にあったからだ。
「どうぞ」
 和葉さんはそう言って、俺を中へと招き入れた。
「お邪魔します」
 『事務所』へと入り、いつもの位置に座って、ぼんやりと壁にかかった鏡を眺める。
 程なくしてまたチャイムが鳴り、渡部もやって来た。ヤツは無言で俺の向かいに座り、大き目のショルダーバッグを床へと置いた。和葉さんも事務机のほうへと向かい、静かに腰を下ろす。
 空いた二つのスペースが、やけに寂しく見えた。
「これからどうする」
 重苦しい沈黙を破ったのは渡部の言葉。
 昨夜俺たちは、祭りのスタッフに追い出されるまで会場を探し回り、その後もさらに周辺を探し続けたが、ついに立木の痕跡を見つけることはできなかった。
「あいつは関係ないだろうな」
 黙ったままの俺たちに代わり、渡部が続ける。
 『あいつ』というのは、あの茂みで寝ていた男のことだ。

『だから知らねーつってんだろ!』
 
 なぜ自分が寝ていたのかさっぱり覚えていないらしい男を、立木のことを知らないか、何か覚えていることはないかと問い詰めるうちに、向こうの答えもキレ気味になってくる。
 でも、こっちもそんなことでは引き下がれない。どんな些細なことでもいいから覚えていることはないかと繰り返し尋ねると、男は心底参ったように頭をかいた。

『マジでオレも、なんもわかんないんだって! 知らねーうちにこんな場所で寝てて、蚊にも食われまくって散々なんだよ!』

 それを聞いて、和葉さんが小さく声を上げたのを覚えている。

『ここにいた理由もわからないんですか? ……ここで急に眠くなったとかではなくて?』

 男はそうだと頷いてから、思い出したように腕時計を見て悲鳴を上げ、もういいだろうと携帯を耳に当てながら、大急ぎでその場から去って行った。

「うん……多分。でも変だよな。知らないうちに寝ちゃったっていうんならまだわかるけど、あそこに行ったのも覚えてないなんて」
 酒を飲んでいなかったかということは、何度も確認している。あとは原因として考えられるのは、妙な薬とかだけど――。
「本当にただの寝起き、という印象だったな」
「ああ」
 詳しい訳じゃないから何ともいえないが、例えば薬で眠らされた場合、あんなに平和に眠って、普通に起きて、すぐまともに受け答えが出来るもんなんだろうか。体に何かの影響が残りそうな気がするが、そんな様子は一切見られなかった。
「……何らかの能力で眠らされたというのが、妥当な線だと思う」
 和葉さんが口を開く。俺たちも同じ意見だった。人の領域ではないものの力。確証が持てないのも確かだが、それが一番しっくり来る。
 部屋にある時計は、もうすぐ十一時を示そうとしている。祭りの夜から随分と時間が過ぎた。
 立木のお母さんには和葉さんが電話をかけ、ここへ泊まると伝えてあるが、それで誤魔化すにも限度がある。
 もしこの件が一般人による誘拐なら、それは警察の仕事だし、捜索を依頼するのが正しい道なんだろう。
 でも『紡ぎ手』によるものであれば――警察がどんな手を尽くしても、立木を見つけることは出来ないかもしれない。そして捜査が行われているということが、犯人にばれたりしたら。
 そこまで考え、俺は身震いをした。
 昨晩、和葉さんが着ていた浴衣の柄や髪型は鮮明に覚えている。だけど立木の姿はぼんやりとしか浮かんでこない。俺がちゃんと見ていなかったからだ。怪しい男をみんなで追っていた時も、もしかしたら視界に入る場所にいたのに、人に揉まれながら助けを求めていたかもしれないのに、気づけなかっただけなのかもしれない。
 射的で手に入れたぬいぐるみをもらっても、俺はありがとうの一言も言わなかった。子供みたいに拗ねたりして。
 後悔の念が、さらに心と体を重くする。
「眠らされた……」
 和葉さんはもう一度繰り返してから、はっと顔を上げる。
「そうだ、眠らせる能力……!」
 そして椅子を蹴るようにして立ち上がり、スチール棚のほうへと向かった。扉を開け、童話全集と、何かのファイルを引っ張り出して来てテーブルに置き、それを急いでめくり始める。
 どうやら、それぞれの物語の要点をまとめたファイルらしい。
「……おおがらす」
 俺も手伝おうと、童話全集を手に取ろうとした時、渡部がぽつりと言った。
「姿を消した北城を『魔法の鏡』で探した時、近くにいた能力者として引っかかった。あの物語なら、眠らせるという部分に焦点が当たってもおかしくないだろう」
 それを聞いて和葉さんの表情は一瞬明るくなったが、すぐにまた陰りを見せる。
「でも、どうやって探せばいいんだろう」
 ファイルをめくる手も止まってしまった。肩を落とし、悲痛な声を漏らす。
「……ごめんなさい。狙われてるのは、私なのに」
「そういうこと言うの、やめなよ」
 俺は思わずそう口にしていた。和葉さんは驚いたように顔を上げる。
「俺だって、前は色々悩んだし、逃げ出したりもした。だけど自分の意志で戻ってきたんだ。和葉さんは俺に、覚悟がないなら関わるなって言ったよね? 立木にその程度の覚悟がないわけないじゃないか!」
 強く飛び出した言葉に、俺自身少し驚いてしまう。
 だけど、立木は能天気に浮かれてた俺とは違う。そんな言葉は彼女に失礼な気がしたし、思い詰める和葉さんを見ているのも辛かった。
「そういうことだ。自虐的になったところで、何も変わらんだろ」
 渡部も、ぶっきらぼうに言う。
 和葉さんは二つの言葉をかみ締めるように目を閉じ、それから何度か頷くと、ぎこちない笑みを見せた。
「……そうだね。ごめん」
 また和葉さんが浮上してきたことにほっとしながら、俺も反省をする。
 そうだ、落ち込んだり自分を責めてる場合じゃない。今何ができるかを考えて、動かないと。
「ええと、『おおがらす』って……」
 本を開き、調べ始めた俺を見て、渡部が言う。
「俺が注目したのは、主人公の男が、怪しい老婆に振舞われた食べ物と飲み物を口にすることで眠らされてしまうという部分だ」
「食べ物……じゃあ、カキ氷が怪しいじゃん!」
 茂みで寝ていたあの男の横には、カキ氷が転がっていた。
「確かにあの状況だと、そうなんだけど……」
 でも和葉さんは、歯切れの悪い言い方をする。
「まなちゃん、カキ氷は食べてなかったはずなんだよね」
「……食ってなかったな。他は知らんが、俺たちが通った場所の中では、カキ氷の店は一箇所しかなかった」
「そういえば、渡部もカキ氷を食ってたっけ」
「ああ」
 だけど、渡部には何も起こらず、こうしてここにいる。
「他に可能性として考えられるのは、あの怪しげな男を追っている最中に食ったか、誰かに無理矢理食わされたかだが――」
「あんまり現実味がないよね」
 和葉さんも言って溜め息をつく。
「でも、とにかく調べてみない? ここでこうして考えているよりも、動けば何かが見えてくるかもしれない。それに……」
 渡部は途中で察して、溜め息とともに言葉を吐いた。
「そうだな、向こうも動いてくれるかもしれん」

 ◇

「どんなって言われても、普通のカキ氷だけどなぁ」
 突然訪ねてきた俺たちに、窓から覗かせたおじさんの顔は困惑の色に染まる。
「もしかして、腹でも壊した?」
「いえいえ、そういうわけじゃないんですが……祭りで食べて美味しかったんで」
「ああ、それならよかった」
 祭りの実行委員会に問い合わせてみたところ、カキ氷の店は一箇所のみ。神社の近くにあるたい焼き屋が出店したものだった。年季の入った店先には、大きく『氷』と書かれた旗がさがっている。
「今日も食っていくかい?」
「え? ……えーと」
「あ――また、改めて伺います。今日はこの後も用事があって……色々調べてるんです。学校の課題で」
 皺の中に潜む円らな瞳を向けられて、返答に詰まってしまった俺に代わり、和葉さんが答える。
 するとおじさんはまた笑顔を見せた。
「それは感心だねぇ。また待ってるよ」
「はい、是非」
 和葉さんも微笑んだところで、俺たちは礼を言ってその場を離れようとする。
「カラスが」
 その時、渡部が唐突にそんなことを言い出した。
 みんなのぽかんとした顔が、そっちに向けられる。
「いや……カラスがいたんでな」
 渡部が少し困ったように弁明すると、おじさんは、ああ、と言ってヤツが見たのとは反対側を指差した。
「向こうに集積所があるから、たまにこっちの方までカラスが来るんだよ。ウチは食いもんの商売だから困るんだがね」
 何かいい撃退法あったら教えてくれよ、と笑うおじさんにもう一度頭を下げ、今度こそ俺たちは店を後にする。
 それからしばらくして聞こえた元気な声に振り返ると、小学生くらいの子たちが、カキ氷を注文しにやって来るところだった。
 普段なら、俺も迷わず食べていたかもしれないし、そのほうがもっと詳しく話も聞けたかもしれない。けど、流石に今それをする気にはなれなかった。
 再び店に背を向け、隣を見る。二人は何とも微妙な表情で首を振った。
 ――もしあの人が『紡ぎ手』だったとしても、俺たちには見破る術がない。
「何か仕掛けるつもりがあるなら、チャンスだったろうな」
 渡部がぽつりと言う。
 店は元々人通りの少ない静かな場所にあり、俺たちが話している間は、周囲に誰の姿も見当たらない状態だった。もちろん、カラスの姿も。
「ええ」
 和葉さんはそう答え、黙り込む。
 気まずい沈黙の中、何気なく向けた視線の先には神社を囲む大きな木があり、ふと、それが別の光景と重なる。
「あの場所……行ってみない? 渡部がいたカフェ。あそこから出てすぐの場所で、『紡ぎ手』を探したじゃんか。もしかしたら何かわかることがあるかも」
 思いついたことを言ってみるが、渡部には渋い顔をされた。
「しかし、俺たちだけで行ってもな」
 確かにその通りだ。だけど和葉さんは頷いてくれる。
「行ってみよう? とにかく、何でも出来そうなこと、一つ一つやるしかないと思うの」
 俺も言ってはみたものの、自分の思いつきに自信があるわけではなかったから、同意が得られたことへの安心と、幾ばくかの不安とが混じった複雑な気持ちになってしまう。
「そうだな。行くか」
 少し考えたあと渡部は言って、最寄の駅まで向かう道へと進路を変えた。

 ◇

 線路の上に、陽炎が立ち上る。
 ホームで待つ間も、何だか無駄に時間を過ごしているような気がしてしまって落ち着かなかった。電車が来るのもいつもより遅く感じてしまう。
 そうこうしているうちに、ようやく電車がやって来て、ドアが開くのももどかしく、俺たちは車内へと進んだ。
 平日の昼ではあるが、今は夏休みの真っ只中だから、それなりに人は乗っていた。
 車内での会話は割と響くから相談もしづらくて、俺たちはひたすら黙ったまま、目的の駅名がアナウンスされるのを待ちながら揺られる。
 そいつらのせいじゃないとはわかっていても、楽しそうに話しながら笑う同年代のグループにもイライラしたり、デオドラントなのか香水なのか、やたらと強い香りを辺りに撒き散らしている男にも、いつも以上に腹が立った。一番近くにいた渡部なんかは、舌打ちをしてあからさまに睨んでいたが、イヤフォンをしながら携帯をいじっている男は、全く気づかないようだった。
 やがて目的の駅へと到着し、俺たちは急いで電車から降りる。
 この駅は乗り入れている電車も数本あり、メディアで取り上げられることもあるので人が多いんだけど、駅自体は古く、それほどの広さがないために、いつも込み合っている印象がある。
 俺たちは出来るだけの早歩きで人の間をすり抜けながら駅から出て、カフェを目指した。
 景色を時々確認しながら進み、前に来た時もこんな風に急いでいたことを思い出す。でもあの日は、今日よりもずっと涼しかった。すれ違う人の多さも、ねっとりと重い空気も、俺たちの行く手を不快に阻む。
 ずいぶんと距離があるように感じた道のりも、そのうちに終わりを告げる。見覚えのある、木々に囲まれたテラスが段々と近づいてきた。
 俺たちはそこをぐるっと回り、カフェの裏側まで移動する。
 こっちの路地にも、表側ほどではないが、人が行き来していた。カフェで話している人の声もかすかに聞こえてくる。
 渡部は少し視線を巡らせると、この前立ち止まったのと同じ、ビルの入り口付近にある植え込みまで移動した。
「今俺たちがいるのが、ここだな」
 そして持参したタブレットで地図アプリを立ち上げ、後から来た俺たちに画面を指し示した。
「『ヘンゼルとグレーテル』がいたのはこの辺り……この地点からイメージを広げていったと考えるなら、捜索したのは半径十キロって所か」
 ヤツの指先の動きに合わせ、画面に大きな赤い丸が描かれる。
「かなり広範囲ね」
「こいつの力で増幅もしたからな」
 渡部は言って、親指で俺を示した。
「範囲内の全員を拾えているかはわからんが、あとは確か……『歌う骨』、『怪鳥グライフ』、『賢いエルシー』、『蜂の女王』だったか」
「よく覚えてんな」
 俺は集中するので精一杯で、魔法の鏡が何か言ってたということしか覚えてない。
「しかし、今回の件に関わってるかもわからんし、居場所がわかるわけでもない」
 それはその通りだった。ここまで来てはみたものの、やっぱりその先が見えてこない。
「だけど、ここに来られてよかった。疑問が減っていくのはいいことじゃない。ね?」
 和葉さんが明るい調子で言う。それが俺たちだけじゃなく、彼女自身を鼓舞するためでもあるということが伝わってくるだけに、きつい。
「……そうだね」
 俺も頷き、何とか笑んでみせる。確かにこういう時こそ、前向きに考えないと。
 俺たちはとりあえず『事務所』まで戻り、今後の対策を考えることにした。もう昼はとっくに過ぎているが、あまり食欲は湧いてこない。
 気持ちは急いでいるのに、足取りは重い。それでもまた駅までたどり着くと、相変わらずごちゃごちゃした階段を踏みしめていく。斜め前を歩く和葉さんも、どことなく俯き加減に見えた。
 試合に行くのか帰りなのか知らないが、ホームには大勢の中学生がたむろしていて、その騒がしさに辟易しながら、少し奥へと進む。
 電車を待つ間、特に話すこともなく、和葉さんや渡部は、それぞれ考えを巡らせているようだった。俺も他にいい案でもないかと考えてみるが、そんなに簡単に浮かんできてはくれない。携帯を確認しても、立木の失踪に関係ありそうな情報は見当たらなかった。
 やがて軽快な音の後に、平坦な女性の声のアナウンスが流れる。
 それから間もなくして電車が滑り込んで来た。ぶわっと巻き起こった風が汗の浮かぶ肌に当たり、体温を奪いながら散っていく。
 降りる人を待ってから車内へと入ると、さっきの中学生たちの幾人かが、でかいバッグを手に乗り込んできた。押されるようにして奥へと進んだ時、和葉さんが弾かれたように振り返る。
 その様子に、俺の胸も不安で波打った。慌てて振り向いた先には、不思議そうにこっちを見返す渡部の姿。中学生たちも何事かと目を丸くしていたので、俺は思わず吹き出してしまった。和葉さんと顔を見合わせ、またほっと息をつく。
 発車メロディーが鳴り、アナウンスが流れる。
 渡部が跳んだのは、空気音とともにドアが閉まろうとする直前のことだった。
 ――そう、ヤツは俺たちのほうを向いたまま、後ろへと跳んだ。ドアの外へ。ホームへと。
 快速電車を待つために残っていた人たちの驚いた顔が、一瞬だけ見えた。
 言葉を失った俺たちの前で、ドアはあっという間に閉まっていき、隙間なく合わさる。人を押しのけながら急いで向かった時には、もう電車は低い唸りを上げて、走り出していた。
 和葉さんと俺は、窓に張り付き、外を見る。
 次第に速く、後ろへと流れていく景色の中見えたのは、こちらへ目を向けることもせずに、階段へと戻っていく渡部の姿だった。

 目次